自宅で過ごす終末期がん患者への訪問看護|一般社団法人日本終末期ケア協会

自宅で過ごす終末期がん患者への訪問看護

2023.3.28 JTCAゼミ

目次

執筆者:訪問看護ステーションわたぼうしwest
がん看護専門看護師 皆川 美穂

終末期がん患者の自宅での生活

『終末期がん患者』という言葉を聞いて
皆さんはどのような方を想像されるでしょうか?

点滴に繋がれたまま、ベッドに寝たきりで
辛い痛みに苦しみ続けている…。

もしかしたらそのような状態を
想像される方も多いかもしれません。

訪問看護師として約8年半
自宅で過ごすがん患者さんに多く
関わらせていただいた経験からいえば
「がんがあちこち転移していて、もう治療はできない」
「予後3か月」
と医師から告げられた方であっても
多くの方は自宅内での日常生活は問題なく
送ることができています。

散歩や買い物はもちろん、旅行などに
行かれる方もいます。

がんの患者さんが入浴、排泄、食事などの
日常生活動作が困難となってくるのは
亡くなった日から逆算すると
平均10日~2週間前であるとの
研究結果が報告されています。

私自身の経験上でも、亡くなる前日まで
トイレに歩いていた
少量だが食事をとっていたという方もいました。

よって、多くのがん患者さんは
死亡10日前頃から移動や排泄、食事といった
日常生活動作が急激に障害されます。

すなわち、その時期までは
自宅内での身の回りのことは
自力で可能な方が多いのです。

がん患者さんの日常生活動作が
急激に障害されたら
予後は2週間~10日以内である
可能性が高いと予測できます。

がん患者さんに特徴的であるのは
看取りの時期が近くなると
急激に日常生活動作が低下するとともに
一旦低下しはじめると
体調が持ち直すことは
ほぼ期待できないことです。

60~70歳台の方であれば、元々は
日常生活に問題がない場合がほとんどです。

そのような方が、急にトイレに行けない
ベッドから動けないなどの変化が生じた場合
その後の看取りまでの経過は
もっと早くなる可能性も予測されます。

このように、がん患者さんは
看取りが近くなる時期まで
自力で日常生活を送れる可能性が高いですが
痛みをはじめとする、がんに関連した
身体的苦痛症状については
症状によって出現時期に差があります。

私自身、在宅での症状コントロールは
ほぼ病院と同じことができるようになった
と感じています。

実際に、がん患者さんが自宅で亡くなる割合は
2006年では6%台でしたが
2019年には12.4%と大幅に増加しています。

在宅での症状コントロールが
うまく行えるようになってきた
結果だと思いますが
今後さらに在宅での症状マネジメントを
上手に行い身体的苦痛症状を
コントロールできれば
さらに希望する自宅で過ごせる患者さんが
増えるのではないかと期待しています。

よって、終末期がん患者への訪問看護において
最も重要な、身体的苦痛症状のコントロールに
ついて次章で述べたいと思います。

がん終末期の主な症状と
訪問看護師が行う症状コントロール

自力で日常生活が送れる時期において
終末期がん患者さんへの訪問看護で
最も重要なことは、身体的苦痛症状の
コントロールであると考えます。

終末期がん患者に生じる身体的苦痛症状として
具体的には痛み、全身倦怠感、食欲不振、
便秘・下痢、悪心・嘔吐、不眠、呼吸困難
などがあげられます。

淀川キリスト教病院緩和ケアマニュアルの
『主要な身体症状が出現してからの生存期間』
を示したグラフによると
がん患者によく出現する身体的な苦痛症状は
なくなった日から逆算し
約1~2か月前から出現し、亡くなる直前には
症状によってはほぼ100%の割合で出現します。

ただ、痛みに関しては約4割の
がん患者が死亡60日より前から
すでに症状を感じていることが
明らかになっています。

他文献には
『痛みは患者が最も恐れている症状の1つである。がん患者では診断時に1/4、積極的ながん治療時に1/3、進行期に2/3、終末期に3/4に痛みがみられる。』
とも示されています。

よってがん患者の疼痛へのケアは
特に早期から行わなければなりません。

一方、痛み以外の症状はほとんどが
亡くなる1か月前頃になってから

出現することが多いです。
そして死亡に至るまでに

その割合が急速に増えます。
従って、この時期には

痛み以外の症状に対しても
症状コントロールが必要です。

がんに関連する身体的苦痛症状の
症状緩和の方法や
薬の使い方等については
緩和ケアに関する多くの
文献に記されています。

では症状緩和のための薬剤を
医師に処方してもらったら
適切な症状緩和は行えるのでしょうか?

薬があるだけでは、
適切な症状緩和は行えません。

薬をどのように使って、また看護ケアによって
どう症状コントロールするかを
考えることが訪問看護師が担う大きな役割です。

自宅で過ごす
がん患者さんの家族形態は様々です。

もちろん独居の方もいらっしゃいますし
患者さん、配偶者ともに高齢である
また家族は同居しているけど
日中は仕事で不在のこともあります。

訪問看護師は、それぞれの患者と家族が
持つ力に応じた症状マネジメント方法を
示すことが必要になります。

例えば、患者さんはほぼ寝たきりの状態で
口から薬を飲むのが難しい状況になっている
頓服の痛み止めは、座薬を使用したほうが
ベストだけど高齢の奥さんが1人で
患者さんを横向きにして
座薬を入れるのは難しい…

それなら頓服を使用しなくて済むように
貼付剤の鎮痛剤の量を増やす
もしくは注射で痛み止めを投与して
痛い時にはボタンを押せば
追加の鎮痛剤が投与できるポンプを
準備しておく…など。

また、日常生活動作が自立している時期の
訪問看護の回数は
それほど頻回でない場合が多いです。

次回この患者さんに訪問するのが
1週間後であれば…
病態からこの1週間に生じうる
可能性のある症状を予測し、その症状に
対する対応についても
本人・家族へ伝えておく必要があります。

例えば、便秘を生じたら悪心・嘔吐の出現が
心配な方の場合、まずは便秘になると
悪心も増強する可能性について説明します。

そして2日間便が無ければ下剤を1錠
それでも出なければ翌日は2錠
それでも排便がなく、5日間排便がなければ
訪問日より前に電話連絡してほしい
といったように、対応策は1つではなく
次の策、その次の策まで伝えておきます。

想定以上のことがあった場合に
「そういえばあのとき訪問看護師が言っていたな」
と心の準備ができた状態であれば
本人・家族の不安の感じ方や対処方法にも
違いが生じるのではないかと考えます。

このように、がんの身体的苦痛の
症状コントロールは、薬剤の使い方を説明する
適切な薬の種類や量について
主治医と相談する
といったことだけではありません。

その人の病態から生じうる経過を予測し
持つ力を見極めた上で、適切な薬剤と
使い方や対応方法を伝えるところまでが
訪問看護師が行う
症状コントロールであると思います。

遺される家族へのケア
~生前のケアが遺される家族のケアとなる~

前章にも少し書きましたが
現在、日本において自宅で亡くなった
患者さんの割合は、厚生労働省の
2019年のデータで13.6%
がんが死因で亡くなった患者さんに
限定していえば12.4%です。

同じ厚生労働省の2019年のデータの中で
一般病棟、緩和ケア病棟で亡くなった
がんの患者さんの割合は83%を超えています。

まだまだ病院で亡くなられる
がんの患者さんが圧倒的に多い中
ご家族の皆さんは『自宅で看取る』ということに
大きな不安を抱えておられます。

一方で興味深いデータがあります。
遺族によるホスピス・緩和ケアの
評価に関する研究によると
「(患者が)望んだ場所で過ごせた」
項目について、一般病院や緩和ケア病棟では
「ややそう思う~非常にそう思う」の
回答割合が44~57%
でした。

在宅ではこの回答割合が90%
非常に高い割合が示されています。

海外の研究においても
自宅でがん患者を看取った家族の満足感が
高いことが報告されています。

自宅で過ごすことが
「望んだ場所で過ごす」という
患者の希望の実現につながるとともに
遺される家族も、望んだ自宅で過ごせたという
事実によって、患者への介護に肯定感が
もたらされるのではないかと感じます。

遺される家族へのケアとして
患者さんが亡くなられた後に
私たちができることは限られます。

お看取り後の家族へのケアとして
数週間~数か月たってから
患者さん宅を訪問しお仏壇にお参りし
ご家族のその後の体調などを伺う
『遺族訪問』を行っています。

ただ基本的に『遺族訪問』は1回のみです。

患者さんが生きておられる間に、
遺される家族へのケアも
同時に行うことが大切であると思います。

先に述べたように、患者さんが
自宅で過ごすことを望んでおられるなら
その希望を実現することによりご家族は
「本人の希望通り、家で過ごすことができた」
と感じることができます。

よって、訪問看護師は、在宅での看取りに
不安を感じておられるご家族が
患者を在宅で看取る覚悟ができるよう
働きかけることが必要です。

具体的には、まず自宅で患者と家族が
一緒に過ごす喜びを実感できるよう
自宅だからこそできるケアを
意図的に実践することを心がけています。

例えば好きだったお庭が見える位置に
ベッドの配置を変える、近所に住むお孫さんに
来訪してもらいベッド周囲で遊んだり
患者さんに話しかけてもらったりすることを
提案する…など。

また、介護に自信が持てるよう
ご家族が行っている介護を十分に承認したり
最も負担の少ないケア方法を
提案したりすることも重要だと思います。

そして、ご家族が訪問看護師に
助けを求めた際には
必ず支援するようにしています。

困った時には訪問看護師に電話をすれば
必ず助けに来てくれると
ご家族に実感してもらうことができれば
きっとご家族は「最期まで家で頑張ろう」と
覚悟を決めることができるのではないかと
感じています。

そして、基本中の基本ですが
患者さんと丁寧に接すること
患者さんの身体をキレイに保つことは
生前に行える家族へのケアとして
非常に重要だと感じます。

もしお話ができなくなっても
患者さんに常にお声をかけること
また患者さんの身体をきれいに
皮膚のケアも丁寧に行うことで
ご家族は
「大切な人を大事にしてくれている」
という実感を持つことができると思います。

しかし、多くの患者さんのお看取りの場に
立ち会わせていただく中で
ほぼ全てのご家族が何らかの心残りを
感じておられるということを感じます。

「あの時に水を飲ませたのがいけなかったのか…」
「あの時にトイレに無理に移動させたから、その後動けなくなったのか…」

一生懸命に介護をされるご家族ほど
自身の介護に何か問題があったのではないかと
感じる方が多いように感じます。

決してそんなことはなく、病状が進行した時期が
たまたまその時期と重なっただけなのです。

遺族訪問に行った際に、自身が行った介護に
何か問題があったのではないか…
といった間違った認識を持っておられる方には
その認識は真実ではないとお伝えしています。

患者さんの最期の時間に、ずっと関わってきた
訪問看護師であるからこそ
ご家族の間違った認識を変えることが
可能であると考えています。

在宅での看取りを実現する訪問看護実践

前述のとおり、日常生活動作が
低下しはじめてからの終末期がん患者の
予後は短いことが予測されます。

ご家族が
「このまま家で看続けるのはやっぱり難しいかな…」と感じた時
「患者さんに残された時間は短いからこそ、ご家族が後悔しないように、私たちも最期まで一緒に頑張るから、あと少し一緒に頑張りませんか」
とご家族の背中を押すことがあります。

患者さんが最期までその人らしく
過ごすことが目標であり、在宅で看取ることが
必ずしも目標ではありません。

しかし、前述のとおり
がん患者の遺族を対象とした研究結果からは
自宅でがん患者を看取った家族の満足感が
高いことが明らかです。

私たち訪問看護師が一緒に頑張ろうと
背中を押すことで
最期まで自宅で過ごしたいという
患者さんの思いが実現できれば
それは結果的に遺される家族のケアにも
なるのではないかと考えています。

私たち訪問看護師は
患者さん・ご家族の自宅へ伺って
看護を実践します。

看護を提供する場は患者さんのhomeであり
私たち訪問看護師はawayです。
homeへ入れてもらわなければ
看護は実践できません。

よって訪問看護では
患者さん・ご家族のこれまで生きてきて
大切にしていることや価値観を
大切にすることを心がけています。

もちろん相手の価値観や思いは
十分に大切にした上で、でもここが
『意思決定の重要なタイミング』
であると感じた時には、患者さんやご家族の中に
ぐっと入りこんで意思決定を後押しすることも
在宅での看取りを実現する
重要な訪問看護実践であると考えています。

 

【終末期ケア専門士】について

「終末期ケア」はもっと自由になれる|日本終末期ケア協会

終末期ケアを継続して学ぶ場は決して多くありません。

これからは医療・介護・多分野で『最後まで生きる』を支援する取り組みが必要です。

時代によって変化していく終末期ケア。その中で、変わるものと変わらないもの。終末期ケアにこそ、継続した学びが不可欠です。

 

「終末期ケア専門士」は臨床ケアにおけるスペシャリストです。

エビデンスに基づいた終末期ケアを学び、全人的ケアの担い手として、臨床での活躍が期待される専門士を目指します。

終末期ケア、緩和ケアのスキルアップを考えている方は、ぜひ受験をご検討ください。