がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス|一般社団法人日本終末期ケア協会

がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス

2023.5.11 JTCAゼミ

目次

執筆者:訪問看護ステーションわたぼうしwest
がん看護専門看護師 皆川 美穂

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補完代替療法を求める患者への支援

がんを患う患者さんとご家族が
「もう、がんを治す積極的な治療はできません。」
と病院の主治医の先生から告げられたら…

患者さんやご家族の頭の中には
「もう長く生きられないのかな」
「余命〇か月」
といった言葉が浮かび
残された時間が限られていることに
不安や恐怖を感じるのではないでしょうか。

現在、インターネット等で多くの情報が得られる時代となりました。
私は訪問看護に従事していますが
「もう病院では、がんを治す治療はできないと言われた。
インターネットで○○という情報を見て
試してみようかと思うんだけど…」
と訪問している患者さんやご家族から
相談を受けた経験が何度かあります。

補完代替医療(complementary and alternative medicine:CAM)とは
通常医療の治療を補うこと
また、通常医療の代わりに用いられる医療であると考えられています。

我が国においては2009年に日本緩和医療学会より
「がん補完代替医療ガイドライン(第1版)」(Web版)
が発行されました。
このガイドラインは3~5年ごとに見直され
改訂が行われる予定であったそうです。

しかし、がんの補完代替療法に関する分野について
施術や療法に差はあるものの
なかなか科学的根拠となる報告が少なく
その多くが保険外診療であるため
ガイドラインとしての改訂が難しいとの議論がありました。

それでもなお、がん医療の現場では
以前にも増して補完代替療法が用いられている事実もあり
2016年に日本緩和医療学会より
『がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス2016年版』
が発行されました。

その冒頭で、ガイドラインの策定経過については
通常の診療ガイドラインにあるような「推奨度」を設定せず
さまざまな補完代替療法に関する
科学的エビデンスをとりまとめ
その有用性や安全性等に関するデータを
コンパクトに提示するエビデンス集として
策定したと記載されています。

患者さんやご家族から、補完代替療法について相談されたり
その情報を求められた際には
「補完代替療法は科学的なエビデンスが少ない
すなわちその効果について正確なデータが非常に少ない」
ということをまず念頭に置いて関わる必要があると考えます。

がんの補完代替医療・補完代替療法とは?

このブログのテーマを
「がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス」としていますが
ここではこの補完代替療法という
言葉の定義について述べたいと思います。

「補完代替医療とか補完代替療法とか
いろんな言葉があるけど、何が正しいのかな?」
「具体的に補完代替療法ってどんなもの?」
などの疑問をお持ちの方も多いと思います。

前述した
「がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス2016年版」の中では
我が国において公的機関による補完代替医療の定義は
2016年5月時点では存在しないと述べられています。

しかし、2010年1月29日に当時の鳩山内閣総理大臣が
施政方針演説において、健康寿命を延ばす観点から
「統合医療」の積極的な推進について検討を勧めることを掲げ
厚生労働省内に「統合医療プロジェクトチーム」が発足しました。

その第1回会合(2010年2月5日)資料の中の文章を以下に記載します。

1.統合医療とは
〇医療には、近代西洋医学以外に、伝統医学、自然療法、ホメオパチー、ハーブ(薬草)、
 心身療法、芸術療法、音楽療法、温泉療法など多くのものがあり
 それらを相補・代替医療(complementary and alternative medicine:CAM)
 とよんでいる。
〇これらの相補・代替医療を近代西洋医学に統合して
 患者中心の医療を行うものが統合医療である。

英語表記のcomplementary and alternative medicine:CAMは
「相補・代替医療」「補完代替医療」などと訳され
日本語訳自体にばらつきがあります。

『がん看護学』(編集:大西和子,飯野京子.2011.ヌーヴェルヒロカワ)の中では
補完代替医療について以下のように述べられています。

通常医療の治療を補うこと
また通常医療の代わりに用いられる医療である。
それは西洋医学と異なった健康概念や哲学を持っており
体と心の内的バランスを維持しさらに自然や人間関係など
外的環境要因のバランスを維持することにより
自然治癒力を高めることを重要視している。
補完代替医療は、人間を統合的に捉え
人間がもっている生命力あるいは自然治癒力を高めて病気の回復
健康増進、well-being(安寧)をめざすものである。

日本では補完代替医療・補完代替療法という言葉が多く使われている印象です。

補完代替医療は、通常の治療を補う
また通常医療の代わりに用いられる医療であり
西洋医学とは異なった健康概念を持つもの
人間が持つ自然治癒力を高めることを重要視したもの
といった理解でよいのではないかと個人的には感じています。

ちなみに
「がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス2016年版」
の中では、complementary and alternative medicine
は補完代替医療と訳され、各種施術・療法を指す時は
「補完代替療法」と記載されています。

前述の『がん看護学』では
健康・医療分野において
このような補完代替医療を西洋医学と
併用することにより治療効果を高め
身体・精神的苦痛症状を軽減し
さらに健康維持にも貢献することができる。

高齢がん患者の在宅ケア
あるいは高齢者施設(老人ホームなど)における
緩和ケアがさらに増大することが予測される中で
誰でもできる補完代替医療を患者や家族が使用し
症状マネジメントができればQOLに
よい影響を及ぼすと考えられると述べられています。

では、臨床現場で医療・介護に従事する方たちは
代替補完療法について、どのように理解し、感じているのでしょうか。

がん患者の診療にあたっている医師を対象に行った
補完代替医療に関する意識調査の結果は次の通りです。

・以下の補完代替医療について知識を持っているか?
 漢方、健康食品(サプリメント)、鍼、カイロプラクティック、アロマセラピー、
 ホメオパシー、温泉療法、イメージ療法、ヨガ、タラソテラピー、催眠療法
 →漢方を除くそのほかの補完代替療法について75~90%が「知識はない」と回答。

・上記の補完代替療法を患者に実施・施行しているか?
 →実施・施行しているとの回答は0~1.5%(漢方を除く)

また、82%の医師ががんで使用される健康食品類に
有効性はないと考えており
84%の医師(臨床腫瘍医)が
抗がん剤との相互作用を危惧していると回答しました。

一方、患者さん・ご家族は実際にどれぐらい
またどのように補完代替療法を利用されているのでしょうか。

少し古いデータにはなりますが
2001年に厚生労働省のがん研究班による
全国規模のがん補完代替療法の利用実態調査の結果です。

  • がん患者の約45%が1種類以上の補完代替療法を利用している。
  • 補完代替療法の利用にあたって、平均して月5万7千円を出費している。
  • 利用している内容は健康食品・サプリメントが最も多い。
  • 利用する主な目的はがんの進行抑制(67%)治療(45%)となっている。
  • 補完代替療法を利用している患者の5%が、副作用を経験したと回答している。
  • 補完代替療法を利用している患者の57%は十分な情報を得ていない。
  • 補完代替療法を利用している患者の61%は、主治医に相談していない。

さらに補完代替療法を利用していない患者であっても
興味・関心をもっている患者は多く
利用している患者と合わせると8割を超えること
また患者が補完代替療法を利用するきっかけとしては
「家族・知人からの勧め」が最も多いと報告されています。

このデータより
補完代替療法を求めるがん患者が多い反面
がん医療に従事する医師は
補完代替療法に消極的であることがわかります。

どんな人でも、精神的に不安定な時には
自分の信じたいことを信じたくなります。

「がんの治療ができない」
と告げられた患者さんと家族が
不安や恐怖に襲われるのは当然だと思います。

そんな時は、不安をやわらげてくれる情報に
頼りたくなってしまうこともあるでしょうし
その思いを否定すると患者さんは
心を閉ざしてしまうこともあるのではないかと思います。

私もがん看護に従事する看護師です。

私自身の考えですが
患者さんやご家族の思いを受け止めた上で
補完・代替療法は西洋医学を決して否定するものではなく
あくまで西洋医学で十分に治療できない部分を補完する療法である

ことはきちんと患者さん・ご家族にお伝えするようにしています。

「何かにすがりたい」
という患者さんやご家族の思いに寄り添いつつも
補完代替療法だけに頼るのではなく
西洋医学と併せてうまく使うことが必要ではないかということは
必ずお伝えするようにしています。

※西洋医学とは:世界中で正規の医学として認められているものであり
 一般的に病院で行われている治療。
 西洋医学は近代医学の父と呼ばれ哲学者でもあるヒポクラテスと
 古代ギリシャ医学の流れをくむ伝統医学から
 近代科学を取り入れて発展してきたものである。
 近代医学として最も顕著な功績は、感染症治療、
 救急救命などの外科的治療、科学製剤の薬物治療などである。

補完代替療法を求める患者へ正しい情報を
~現在明らかになっている補完代替療法の具体的なエビデンス~

補完代替療法を求める患者へは
正しい情報を提供することが大切な支援になると思います。

現在、がんの補完代替療法に関して
以下のような書籍や情報発信サイトがあります。

・がん補完代替医療ガイドライン:日本緩和医療学会(2009)
・がんの補完代替医療ハンドブック第3版:日本補完代替医療学会

https://hfnet.nibiohn.go.jp/wp/wp-content/uploads/2023/02/cam_guide_120222.pdf

(厚生労働省がん研究助成金「がんの代替療法の科学的検証と臨床応用に関する研究」班
 独立行政法人国立がん研究センターがん研究開発費 
「がんの代替医療の科学的検証に関する研究」班/2012年2月、A4版・全44ページ)

このガイドブックはインターネットで
ダウンロードして閲覧・印刷が可能です。
ガイドブック表紙には
「医療機関でがんの治療を受けながら
補完代替療法とどのように向き合い
利用したらよいのかを考えるためのガイドブックです。」
と書かれています。

補完代替医療に関心を持っている方、
実際に利用しようと考えている方、
すでに利用している方などが
その利用にあたって確認・注意すべき点を中心にまとめた「活用編」と
補完代替医療についてさらに詳しく知りたい方に
社会的背景や科学的検証に関する問題点を中心にまとめた
「資料編」の二部構成になっています。

・がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス2016年版:日本緩和医療学会(2016)
・厚生労働省eJIM(イージム)「統合医療」情報発信サイト
https://www.ejim.ncgg.go.jp/public/index.html

民間療法をはじめとする補完代替療法と
どのように向き合い、利用したらよいのかどうかを考えるために
エビデンスに基づいた情報が紹介されています。

このサイトの中では非常に多くの
代替補完療法に関する情報が載せられています。
またサプリメント・ビタミン・ミネラルに関する記載もあります。

『がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス2016年版』
で取り上げられた補完代替療法は以下の10項目です。

①健康食品

②マッサージ:主に手を用いて身体表面に「さする」「もむ」「圧する」
 などの物理的刺激を加え、生体の変調を整える方法。
 あんまや指圧、リフレクソロジーなど

③アロマテラピー・マッサージ:精油を希釈した植物油を使用して行うマッサージ

④運動療法:継続性のある身体活動、いわゆるリハビリ

⑤ホメオパシー:ホメオパシー薬(レメディ)を使って体に備わっている自然治癒力に働きかける

⑥アニマルセラピー:動物と人との交流により
 健康・自立・生活の質の改善を目的とする臨床で行われている活動

⑦リラクセーション:内面からのリラックス状態を導く療法。
 一般的にはヨガ、アロマセラピー、音楽療法なども含め広くリラクセーションとする場合が多い。

⑧音楽療法:心身の障害の回復などに向けて、音楽を意図的・計画的に使用すること

⑨鍼灸治療:鍼灸は我が国では補完代替療法として位置づけられているが
 中医学においては漢方と同様に確立された標準治療となっている。

⑩ヨガ

前述したとおり、補完代替療法に関しては公表されている研究データが非常に少なく
「明らかに有効である」と科学的根拠を示すことは非常に難しい状況です。
上記の中で以下の内容については「有効である」もしくは
「有効である可能性がある」と示されています。

〔④運動療法〕
・乳がんや頭頸部がん患者の治療に関連した肩の痛みの軽減
・前立腺がん患者の泌尿器症状の改善
・乳がん、肺がん、造血器腫瘍などさまざまながん患者の倦怠感の緩和

〔⑨鍼灸治療〕
・耳鍼治療が、がん患者の痛みの軽減に有効

ただし、エビデンスが無いから
補完代替療法を行ってはいけないということではありません。

『がんの補完代替療法クリニカル・エビデンス2016年版』の中でも
治療方針の意思決定はエビデンスではなく
患者と医療者によってなされるものであると述べられています。

私自身もアロマセラピーが好きですが
マッサージや鍼灸、ヨガなどが好きな方も多くいらっしゃると思います。

補完代替療法を取り入れて
患者さんご本人が心地よい刺激を受けることができるのであれば
エビデンスにこだわらず取り入れてよいのではないかと思っています。

補完代替療法を求める患者へ伝えること
~患者さんやご家族から補完代替療法の相談をうけたらどうするか?~

最後に、私が実際に相談を受けた事例をご紹介します。

患者Aさんは肝臓がんを患う50歳代の女性でした。

初回訪問時より腹水貯留による腹痛・腹部膨満感が強く
主治医からは利尿剤や腹痛の症状緩和のための
医療用麻薬が処方されていました。

Aさんは何も話されませんでしたが、Aさんの長女は
「漢方薬局で処方された薬ががんに効くと言われ、内服中であること
漢方薬局からは西洋医学の薬はやめるように言われ
主治医には内緒で病院処方の薬は自己判断で中止している。」
と話されました。

長女は
「病院からもらった痛み止めを飲んでいないことは
母は病院の先生に話していないと思う。
漢方を飲んでいることも話していないのではないか。
でも最近の辛そうな様子をみていると
本当に漢方だけでよいのかなと思うことがある。」
と話してくれました。

私自身はその時に
「漢方などの補完代替療法は、西洋医学でカバーできないところを補うものです。
今のAさんの状況であれば、主治医から処方されている痛み止めのほうが
身体の苦痛をとる効果は高いと思います。
身体の苦痛を和らげるために、使っている漢方をやめなくてもよいから
主治医の先生から処方されている痛み止めを併用して使ってみませんか。」
とお伝えしました。

Aさんは漢方の内服を継続しながら、医療用麻薬も使って下さるようになりました。

患者さん、ご家族から補完代替療法に関する相談を受けた際には
まず患者さん・ご家族の補完代替療法への思いを受け止めることが必要と考えます。

その上で、エビデンスが示されている西洋医学と併用して
補完代替療法を取り入れることが望ましいこと、
正しい情報を得るようにお伝えすることが必要だと考えます。

 

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