終末期にある患者さんへの在宅看護~家族そして看護師の立場からの経験~
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記事執筆:日本終末期ケア協会アドバイザー
がん看護専門看護師
宮武佳菜枝
在宅での家族の介護、看護
そしてターミナルケア
2年前父を自宅で看取りました。
享年61歳、大腸がんでした。
亡くなる2か月前のある日、
在宅診療専門クリニックで勤務中であった私に
家族から電話がかかってきました。
普段連絡はメールがほとんどなので
なんで電話なのかな?と思いながら電話に出ると
「お父さんが危ないからすぐに病院に来て」
という内容でした。
早退させてもらい病院へ向かうと、
父はリザーバーマスクを装着し
10Lの酸素を投与されていました。
呼吸状態は頻呼吸で荒く、
意識はもうろうとしていましたが、
私が来たことは認識している様子でした。
主治医からの病状説明は
「がん性リンパ管症で経過が悪ければ
予後は数日でしょう」とのこと。
レントゲンやCTからも
病状が悪いことは一目瞭然でした。
主治医の説明を聞いた後、
再度父のベッドサイドへ行くと、父が
「俺はあとどれくらい生きられる?」
ととぎれとぎれでしたがはっきりとした口調で
私に聞いてきました。
一瞬、嘘をついて
父に希望をもたせてあげたほうがいいのか、
それともbad newsをありのまま
正直に伝えた方がいいのか悩みましたが、
今までの父の生き方から
きっと父も本当のことを知りたいだろうと思い、
「治療(ステロイド)が効かなかったら、
残された時間は限られていると思うよ」
と伝えました。
(この返答は今でも正解か不正解であったか
正直なところわかりませんが、きっと父は
私だから聞けたのではないかなぁと思っています。
医師に直接聞くのは怖いでしょうし、
私以外の家族に聞いても
「そんな縁起でもないこと言わんといて」
と言われるでしょうし・・・。)
その上で父に
「病院で過ごす?それともお家に帰る?」
と聞くと、父は即答で
「家に帰る」と言いました。
私は父の病室を出たその足で
すぐに主治医と話をし、
自宅に帰る準備を進めていきました。
主治医・病棟の看護師・
そして地域連携室のみなさんが
とても親身になって、すぐにでも退院したい
という無理なお願いをかなえてくださり、
父が自宅に帰ると言った2日後に退院となりました。
ただやはり状態がよくなかったので
介護タクシーではなく
民間の救急車での退院でした。
退院当日に訪問診療の医師と訪問看護師さんが
訪問してくださいました。
訪問看護師さんは
がん性リンパ管症の治療を自宅でも継続する目的で
点滴や酸素投与の連日の管理、ストーマのケア、
そしてなにより状態が悪いなかでの自宅療養に
不安だらけの父と母を
丁寧にサポートしてくださいました。
一時は危篤状態でしたが、
ステロイドによる治療や
きめ細やかなケアのおかげで
酸素投与量が少しずつ減量となり、
自力で端坐位をとれるようにまで回復し、
お粥をお茶碗一膳全部食べられるまでになりました。
孫とも過ごす時間ができ、
「見てみて、自分で椅子に座れるようになった」
とうれしそうに見せてくれたりもしました。
このようになにげない
日々の生活を過ごしている時でした。
父が晴れやかな笑顔で
「訪問看護師さんがシャンプーしてくれた。
ベッドの上でやで。すごいやろ。
今まで何回も入院したけど初めてしてもらったわ。
めっちゃ気持ちよかった。生き返ったわ。」
と話していたことがとても印象的で
私たち家族のいい思い出になっています。
訪問看護師さんは日々体調が変化する
父の様子に合わせてケアを見直し工夫し
最大限の配慮をもって接してくださっていました。
そんな心地よさそうな父の表情をみている
母や私も同時に癒される体験をしました。
以前私が緩和ケア病棟で勤務していた時、
ご遺族の方が病院にご挨拶にきてくださった際に
一番よくお話ししてくださった内容は
「あの時のお風呂に入っている表情が
本当によかった」
というような、患者さんが心地よさそうにしていた
表情やご様子のことでした。
私自身が遺族の立場になって改めて感じたことは、
患者さんへのきめ細やかなケアは
同時に家族をもケアする
ということでした。
患者さんが亡くなられた後の
ご遺族へのグリーフケアももちろん重要ですが、
やはり自分の大切な人が
医療福祉関係者のみなさんに大切にされた
という経験はなによりも
残される遺族の心の糧になっていくもの
だと実感しています。
父は予後数日と宣告されましたが、
約2か月間自宅で過ごすことができました。
ケアマネジャーさん、訪問診療の医師、
そしてなにより訪問看護ステーションの
訪問看護師さんのサポートがあったからこそです。
たくさんの方に支えていただいたので、
私も仕事を継続しながら
家族みんなで父を在宅で看護でき、
そして看取ることができました。
最後の1週間は痛みが増強し、
経口摂取が困難となっていたため
持続皮下注射(CSI)にて
疼痛コントロールをしました。
また残された時間が短くなるにつれて
治療抵抗性の苦痛となったため
鎮静による苦痛緩和の治療を行い、
最期はたくさんの家族に見守られながら
永眠しました。
鎮静を開始する前の父の最期の言葉は
「バイバイ、ありがとう」でした。
今もその時の穏やかで
すっきりとしたなんとも言えない表情で
手を振っている父の姿が目に浮かびます。
あれもしてあげたらよかったなとか、
あれはどうだったかなと
思い悩むことは今でもありますが、
それ以上に父と一緒に自宅で過ごせた2か月間は
何よりも濃密で親密でかけがえのない時間であり、
たくさんの経験をさせてもらえました。
自宅に帰ると決断してくれ、
かけがえのない時間をgiftしてくれた父には
感謝の気持ちしかありません。
終末期の苦痛(total pain)と
在宅におけるケア
終末期にある患者さんが在宅療養をするとき、
訪問診療と並んで必須なのが訪問看護と考えます。
訪問看護は小児・AYA世代から
高齢者までどなたでも
必要性があれば利用することができ、
医師の指示のもと点滴等の医療処置、体調管理、
症状緩和、環境調整、日々の生活を支えるケアなど
様々なことを提供します。
また私の父のように
進行がんの終末期患者だけではなく、
抗がん剤治療中のがん患者さんであっても
必要に応じて訪問看護は活用することができます。
特に今後は、一人暮らしの方や
認知症のあるがん患者さんが
増えてくることが予想されるため、
訪問看護へのニーズはより高まるのでは
と考えています。
特に終末期にあるがん患者さんは、
急な体調変化がおこることがあり、
また予後が短くなるにつれ様々な症状が出現します。
疾患群別予後予測モデルでは
がんは比較的長い間ADL等の機能は保たれますが、
最後の約2か月で急速に機能が低下する経過を
たどるといわれています。
言い換えると、多くのがん患者さんは
亡くなる約2か月前までは
通常の生活を過ごしている
ということになります。
私の経験上トイレに自分で行けなくなったら
予後は1か月前後となっている印象です。
なのでこのようなADLや体調の変化をみながら、
療養の場に関する意思決定支援を
すすめていきます。
また、予後1か月未満となると
複数の苦痛症状が出現し、
特に全身倦怠感、食欲不振、便秘、不眠が
増強します。
苦痛症状は1つだけということはなく、
複数の苦痛症状が出現することが
がん患者さんの終末期の特徴であるといえます。
これらの苦痛症状が強まることにより、
よりtotal painも複雑になっていくように思います。
さらに今まで心の中にしまっていた
(しまうことができた)
spiritual painがより強まり表出されやすくなるのも
終末期がん患者さんの特徴であると考えます。
「こんなにみんなに迷惑をかけるくらいなら
いっその事早く終わりにしてほしい。」とか
「大好きな映画を観ることもしんどくなってきた。
生きる楽しみがどんどん減っていく。
生きている意味があるのかな。」
と話された患者さんもいらっしゃいました。
このspiritual painは、
②自分でできていたことができなくなることから生じるもの
③家族や大切な人との関係など人との関係性が
失われることから生じるもの
があるといわれています。
ただこのspiritual painはそう簡単なものではなく、
total painの他の3つの部分すなわち
身体的苦痛・精神的苦痛・社会的苦痛
と複雑に重なりあって生じることが多いです。
ですのでspiritual painにのみ
フォーカスするのではなく、
total painとして患者さんの苦痛を
多方面からアプローチすることが必要となります。
まずは比較的表面化しやすい身体的苦痛・
精神的苦痛・社会的苦痛を丁寧にアセスメントし、
治療やケアにつないでいくことが重要です。
では皆さんは患者さんから
「こんなにみんなに迷惑をかけるくらいなら
いっその事早く終わりにしてほしい。」
と言われたらどうしますか?
いろいろな答え方や対応の仕方があり、
どれが正解で不正解とかはありませんが、
もしこのような答えられない、
答えようのない質問をされることが苦手で
どうしたらよいかわからない
と感じておられる方がいれば
参考にしてもらえればと思います。
私からのメッセージとしては、
このような苦しみの根源のような大切なことを
話してくださった患者さんのそばにとどまり、
そこまで苦しい思いをしている
という気持ちを受け止めてほしいということです。
気の利いた言葉も、
その場しのぎのような言葉も必要はありません。
そばにいて聞いている皆さんも
しんどいと思いますが、その場にとどまり
患者さんの苦痛に向き合おうとしている
ことこそが一番大切であると思います。
そして逃げずに患者さんのそばに
居続けることができた自分を
いっぱい褒めてあげてほしいと思います。
特に自宅では患者さんからこのような
spiritual painが表出されやすいと感じています。
ご自身が安心できる環境にいる
ということも影響しているのかもしれません。
なにより自分の自宅に訪問してくれる
医師や訪問看護師、介護福祉職の方々と
より深いところで関係性が
構築されているからとも考えられます。
患者さんが心から安心できる場所で医療介護の
スタッフと会話ができるということは、
患者さんにとってもまた医療介護のスタッフ
にとっても強みであると思います。
特にACP(Advance Care Planning)に関しては、
「さあACPの話をするぞ!」
という取ってつけたような感じではなく、
在宅でごく自然にすすんでいくのではないか
と思っていますし、
そうなっていくことを期待しています。
また、がんに限らず
非がん患者さんの終末期のケアも
注目されています。
がん対策推進基本計画(平成24年6月閣議決定)
においてがん患者さんへの緩和ケアは、
重点的に取り組む課題として位置づけられ
様々な研修や整備がされてきました。
そしてこれらに続いて現在では
循環器疾患や呼吸器疾患、認知症の方等、
非がん患者さんへの緩和ケアのあり方について
様々な研究や研修会が行われています。
医療費の増加や高齢化率の上昇等から
今後ますます自宅療養が増え、
それに伴いがん・非がん問わず
終末期を自宅で過ごす方が
今以上に増加すると予測されます。
そのため在宅における終末期ケアの質の向上が
より一層求められると考えていますので、
これからも皆さんと一緒に終末期ケアを
学び深めていきたいと思っています。
最期の時を共に歩む
最後に私が終末期ケアで大切にしていることは、
(最悪を想定しつつ最善を期待し最善を尽くす)
という言葉です。
特に在宅では病院と環境が違い医薬品も医療者も
すぐそばにはない・いないことが多いです。
だからこそ、患者さんの病態から
今後起こりうることや
予測される症状をアセスメントし、
チームで最悪に備えておくことが
大切だと考えています。
それと同時に患者さんやご家族の希望を支え
最善を期待し、ケアし続けることが
何よりも尊いことですし、
ケアしている私たちもまた
癒される体験につながると考えています。
みなさんと共に終末期にある患者さんとの出会いを
一つ一つ大切にしながら
これからも歩んでいきたいと思います。