終末期の患者の喪失感
- 目次
終末期の心の変化について
終末期(ターミナル期)とは、「治療をしても、病気の回復が期待できない」と判断され、病気などの進行により、余命わずかになった状態を指します。
終末期において、医師が終末期の患者の余命を予測することがよくありますが、それはあくまで推定であり、確定的なものではありません。
また、個人の健康状態や病気の進行度合いによっても異なります。
数週間から数か月といった期間が一般的な範囲とされることがあります。
しかし、個人によってはもっと短い場合もありますし、稀に長期間になる場合もあります。
加齢によるものではないため、精神的状況は患者によってかなりの個人差があります。
終末期の患者は、病気の進行と闘いながら、自身や家族との別れに向き合うことが求められるため、精神的には非常に厳しい状況にあることがあります。
終末期の患者は、不安や恐怖、絶望感、悲しみ、怒りなど、さまざまな感情を経験している事が考えられます。
進行が早ければ早いほど、病気や体調の変化に心身共に付いていけず、精神的に不安定になってしまう事もあります。
人間の欲求を考える
人は誰もが欲求を持っており、アメリカ心理学者マズローが考案したマズローの欲求5段階説が医療現場でも活用されています。
マズローの欲求5段階説とは、人間の欲求は「生理的欲求」「安全の欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現の欲求」の5つの階層に分かれているという理論です。
これらの階層はピラミッド状になっており、低い階層の欲求が満たされることによって次の段階の欲求を求めるようになります。
この考え方は人間心理学学で発表されたものですが、色々な分野で活用されています。
そして、医療・看護の現場でも取り入れられ、看護や医療従事者がアセスメントし、対象者を理解していく上で考えておくべき事となります。
終末期の予後不良の患者が感じる心の変化について、マズローの欲求階層に基づいて、その段階の人がどういう欲求があり、それらを満たす事ができない喪失感がどのように生まれるのかを挙げます。
① 生理的欲求の喪失感:
終末期の患者は病状の進行によって、身体的な機能が低下します。
食欲減退や摂食・排泄の困難などが生じるため、栄養摂取が難しくなります。
これにより、身体的な不快感や痛みが増加し、生理的な欲求を満たすことが困難になります。
終末期の患者さんは、病気や老齢によって身体的な機能が低下し、日常生活の活動を制限されることがあります。
今まで出来ていたことが出来なくなってしまい、自立性や身体的な能力の喪失は、患者にとって感情的なストレスとなることがさんあります。
② 安全の欲求の喪失感:
予後不良の患者は、治療法の限界や症状の悪化によって身体的にも精神的にも不安定になります。
自分や家族の将来に対する不安や恐怖を感じることが増えるでしょう。
安定した生活を求めることもこの「安全欲求」に含まれます。
安全で安定した住居環境、安定した経済状態、何ものにも脅かされずに安らかに過ごしたいという欲求です。
これらの安全を求める欲求は、予後不良の現実との対比から高まる傾向があります。
③ 社会的欲求の喪失感:
終末期の患者は、家族や友人とのつながりが変化することがあります。
身体的な制約や意識の変化によって、他者とのコミュニケーションや関係が難しくなり、孤独感を強く感じることがあります。
これは愛と所属を求める欲求が満たされにくくなる理由です。
④ 承認欲求の喪失感:
症状の進行によって自己肯定感が揺らぎ、自分自身や他者からの尊重や認知を求める場面が増えることがあります。
しかし、状況の厳しさから自分の価値や役割を見失い、尊重を得ることが難しくなることがあります。
以前は自分で行っていた日常生活の多くの活動を、他人の支援や介助を必要とするようになることがあります。
病気の進行により、患者は自分が以前とは異なる状態になることを経験するかもしれません。
これによって、自己イメージが揺らぐことがあり、自己のアイデンティティや存在意義について考え込むことがあるかもしれません。
また、自立心や自己肯定感に影響を及ぼすこともあります。
自己実現の欲求の喪失感: 終末期の患者さんは、病状の進行によって自分自身の可能性や目標に向かうことが難しくなります。
状況に個人的な成長や達成感を追求する余裕が少なくなり、自己実現の欲求を満たすことが難しくなる理由となります。
長い未来を持つことができないことに対して希望を失うことがあります。
将来の計画や夢が叶わないことに対して悲しみや喪失感を感じます。
悲嘆のプロセス
アメリカの精神科医キューブラロスは、死を宣告された者だけでなく、あらゆる喪失の場面においても、
1.否認、2.怒り、3.取り引き、4.抑うつ、5.受容
の五段階の悲嘆のプロセスをたどり、速度や順序は場面や個人差によってかなり違いはあるけれど、この段階を進むことは正常なプロセスであり、全段階が必要不可欠であると述べています。
一方で、終末期の患者は自分自身や人生と向き合う時間が与えられることで、平和や受容の気持ちに至ることもあります。家族や友人との穏やかな時間を大切にすることが増えることもあります。また、信仰やスピリチュアリティに対する関心が高まることがあります。自分自身や死後の世界への思索が深まることもあります。
患者がこれらの心の変化を経験しているとき、家族や医療スタッフの理解とサポートが重要です。
感情に寄り添い、尊重し、安心感を提供することで、患者がより穏やかな気持ちで過ごせるようになるでしょう。
また、人の生活の質を示す指標で、QOL(クオリティオブライフ)という言葉がありますが、個人が自己の生活において満足している度合いや、生活の快適さ、満足感、幸福感などを含んでいて、健康、経済的状況、社会的つながり、教育、職業、環境、文化的な要素など、さまざまな要因に影響されることがあります。
患者という、病気だけにフォーカスせず、個人を1人の人として尊重するために大切にすべき考え方です。
終末期の患者さんのQOLを満たすという事は、出来ない事が増えてしまうため、かなり困難な事もありますが、その中で少しでも出来ることがないかを患者さんや家族と相談しながら、最期までの時を安全、安楽に過ごせ、少しでも喪失感を埋めていく事が出来ると良いと考えます。
私自身も看護師として、数多くの患者さんを看取ってきて、患者さんと同様に家族の方々も同じように心身のストレスを抱え、拒絶、怒り、不安、そしてようやく受容される姿を目の当たりにしてきました。
その過程はもちろん、人それぞれで、受容出来ずに不安を私たちにぶつけてこられる家族の方も少なからずおられました。
実際、自分の愛する家族ともう会えなくなるその日が近づいているのですから、普通でいられるはずがありません。
終末期の過程は個人によって異なりますが、心のケアや身体的なサポート、家族や友人とのコミュニケーションが重要です。
私達、介護や医療従事者は患者さんができるだけ穏やかに、尊厳を持って生きることができるようサポートしていきたいですね。
【終末期ケア専門士】について
終末期ケアを継続して学ぶ場は決して多くありません。
これからは医療・介護・多分野で『最後まで生きる』を支援する取り組みが必要です。
時代によって変化していく終末期ケア。その中で、変わるものと変わらないもの。終末期ケアにこそ、継続した学びが不可欠です。
「終末期ケア専門士」は臨床ケアにおけるスペシャリストです。
エビデンスに基づいた終末期ケアを学び、全人的ケアの担い手として、臨床での活躍が期待される専門士を目指します。
終末期ケア、緩和ケアのスキルアップを考えている方は、ぜひ受験をご検討ください。